Slab Cut Back Viola ~柾目・スラブカットのビオラ~











 Viola 39cm Mod. Andrea Guarneri "Conte Vitale" 1679 



 この大理石のような裏板。
初めて見る方も居るかもしれない。これは一般的なバイオリンと同じメープル(楓)の樹だが、普段目にする虎のような杢目のメープルとは製材の仕方が違うだけである。
虎のような杢目が出ている裏板は、丸太の中心から放射状に切って製材していて、柾目・Quarter cutと呼ばれる。表板は必ずこの製材の板を使う。
 それに対して、この大理石のような杢目が出ている裏板は、丸太の中心に対して、横断的に切って製材したもので、これを板目・Slab cutスラブカット(英)・Tangenziale(伊)と呼ばれる。
このスラブカットに製材されたメープルのうち、樹皮の近くで稀に粒状の杢目がたくさん現れることがあり、これはまるでその粒状の杢目が鳥の目に似ている事から”バーズアイ”と呼ばれ、ギター製作などでも珍重されている。

 スラブカットの裏板は、クレモナのバイオリン製作の開祖アンドレア・アマティの頃から使われていた。アマティ家は主に王侯貴族を顧客に抱え、楽器にペインティングを施すなど優美さを重視していて、この大理石のような独特な輝きを放つスラブカットが好まれた理由の一つである。
 しかし、ニコロ・アマティの弟子であったフランチェスコ・ルジェーリもスラブカットのバイオリンを多く残しているが、彼はチェロの歴史検証から、市井の音楽家を顧客にしていたと推測されている。
この事から、見た目だけではなく、音響的な理由からも好まれて使われていたと考えられるのである。

 スラブカットの板は、上記の図でわかるように、木目(冬目)が縦方向に密で均等に並んでおらず、柔らかい木目がない部分(夏目)が大半を占めるため、板の強度が比較的弱く、音が柔らかくなる傾向がある。木目は振動の伝達スピードを上げる役割を担っているため、この点からも弦の振動の高周域を吸収・増幅しない特徴を持つ。
 1600年後半まで王侯貴族のサロンや小さな劇場で演奏されていたバイオリンは、ガット弦が張られネックの角度も低く、現代のバイオリンと比べて音量も音の張りもあまりなく、少人数でその優美な音を楽しむ楽器であった。この様な用途に合わせて、スラブカットの板で柔らかく深い音の楽器を作るのは比較的容易なため(もしくは、単純に音の張りを出す必要が無いため)、ルジェーリも積極的に用いたのではないだろうか。そして、同じ理由でルジェーリは、チェロにポプラを多用していたのだと思われる。

 しかし、徐々にブルジョア階級が力を持ち始めると、音楽は大衆のものへとなっていき、大型の劇場で派手な曲に大がかかりなオペラと、楽器に求められる性能も変化が生じてきた。
 そこで、きたる1700年代の新しいニーズに向けて、一早くバイオリンを進化させたのがストラディバリであるが、彼は殆どスラブカットの裏板を使用していない。チェロにおいては同じ傾向のあるポプラも1700年以降使わなくなる。
やはり、音量と音の張りを求めだした時代に、スラブカットの持つ性格が合わないと判断したのではないだろうか。また樹の性格上、スラブカットのほうが長く乾燥させないと暴れやすいのだが、息子3人と弟子たちに楽器を製作させる、当時の大量生産体制を取っていたストラディバリには非効率に写ったのかもしれない。

 こうして、現代ではスラブカットの裏板はバイオリンやチェロではあまり使われなくなっているが、ビオラでは比較的使われている事を目にする。現代のビオラ製作では、演奏者に負担のないサイズの中で、チェロのように深い音を実現することが一番の課題なのだが、こういった場合にスラブカットが有効な時がある。今回製作したビオラもまさにそれであった。

 今回はバイオリンとの持ち替えが必要な方の依頼だったので、相談の結果、ビオラではほぼ最小のサイズ39cmに設計し、しかし小さなビオラとは感じさせない深い音を実現するために、スラブカットを採用した。 
 この木はストックしてから10年が経っていた。やはり私にとっても、スラブカットを使用することは稀である。もう一枚、同時期にストックしたスラブカットの板が有るが、次の出番はいつであろうか。


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