「ストラディバリウス負けた」に思うこと。

二回目の実験の様子
特殊なメガネにより、演奏者は楽器の特徴が全く見えていない状態。

 先日、日本の新聞に「ストラディバリウス負けた」、「ストラディバリウス、現代の楽器に軍配」
などという見出しが踊った。
この記事は、パリで行われたストラディバリウス3台と現代の製作家による楽器3台を弾き比べた実験で、現代の楽器の方が好評価を集めたとする発表を受けたものだ。
 この実験は3回目となる。前回も各方面でいろいろな議論が巻き起こった。
「ストラディバリを一括りにするな」「演奏家のレベルによる」「やっぱり古けりゃいいってもんじゃない」などなど。 詳細はまだ発表を待つしかないが。

 実験者がどれほど自覚的かは分からないが、少なくともこの実験を、純粋に「楽器の性能の比較」と捉えると、不確定要素がありすぎて議論が尽きなくなる。これを「認知バイアスが音にも影響する」と言う証明だと捉えると”丁度よい”と思うのだ。

 ノーベル経済学賞ダニエル・カーネマンが提唱した行動経済学は、認知バイアスと価値判断を脳のレベルまで掘り下げる。スタンフォード大学で行われた有名な実験がある。被験者をfMRIに入れ、チューブを口に入れワインを流し込む。 その時に被験者には「高級フランス産ワイン」「スーパーで売っている~ドルのワイン」など、事前に情報を伝えるが、実際にはすべて同じ安いワインを流し続ける。
すると予想取り「高級ワイン」と告げられたワインを一様に皆、美味しいと答える。 問題はその時に「脳の報酬系の領域」が活発に活動するという事。美味しいものが来ると思うだけで、報酬系が活性化しドーパミンが放出され、既に嬉しい・美味しいと感じていることになる。
認知バイアスは脳の低次レベルで起こるのだ。

この報酬系(a10神経系)は恋愛や母性などにも影響する系で、なかなか抗い難い。

 ストラディバリウスと現代の楽器を比べる実験は今回も含めて3回行われているが、どれも現代の楽器が好評価を得ている。これを性能の比較だとすると、問題が複雑化する。演奏家にとってストラディバリウスを使うことでブランドにもなるし、楽器への信頼感がパフォーマンスに繋がるのなら、やはりそれもストラディバリウスの性能だ。
逆に、新作楽器は駒の角度や指板など、弾きやすさでは完璧だが、それは経年変化で崩れてくるのは避けられず、永続的な性能ではない。やはり議論が尽きなくなる。


 しかしこれを、「認知バイアスは音にも影響する」
ストラディバリウスはいい音がするという「認知バイアス」を取り除いたときには、現代の楽器の音が「好き」と言ってくれる人が増えるという実験だと捉えると丁度よいと思う。

そうすると只の酒場の議論では終わらずに、製作者にも演奏者にも有意義な実験になると思う。

 楽器を選ぶ際には、歴史を所有する喜びやブランドが提供するステータスに浸りたいのならば、情報を収集して対価を払い素直にドーパミンを楽しむ。純粋に好みの音を楽しみたいのなら「認知バイアス」を意識的に避け、極力音の違いだけに集中する。
これが良いのではないかと思う。
(新聞が単純に「負けた」とか、書くからさぁ。。。。)

 

 ↓こちらは2回目の実験の映像です。


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