重心とバランス氣 ~過去は屹立する~




 5年ほど前から、アメリカのバイオリンを物理学的に研究する人たちの間で、
「BALANCE CHI」という言葉が使われるようになった。
日本語で書くと「バランス氣」。 そう、中国由来の気功術の「氣」のことである。
物理学者が「氣」とは、どういった風の吹き回しなのか。

 この研究者たちは、バイオリンの音響の仕組みを研究していく中で、楽器の「重心」と言うものに目をつけた。
重心とは、重力が働く作用点である。一点を支えると全体のバランスが釣り合う所が重心とも言える。
 重心は、その物の運動性能に大きな影響を及ぼすため、野球のバットやゴルフのクラブから、車やスピーカーの設計に至るまで、ありとあらゆる分野で重要視されている。
むしろバイオリンの設計において、今まで意識されていなかった事が不思議なのかもしれない。(サッコーニやバイサーは若干言及していたようである。未確認)

 弦が振動して駒がそのエネルギーを楽器のボディーに伝えると、楽器がポンプのように動きエネルギーを増幅する。これはエナジーフローと呼ばれる現象なのだが、このような楽器の振る舞いがわかってきたのはここ15年ほどである。
 アメリカの研究者はこの動きを踏まえて、バイオリンも他の構造体の運動と同じように、重心を中心にして動いているのではないか、エナジーフローが重心から起きているのではないかと考えた。
そしてこの、"バランス"が取れた位置(重心)からエナジーフローが発生する、そのまだ数値化出来ていないエネルギー発生源を、まるで「氣」が発生するようだと、「バランス氣」と呼んだのである。

 この呼び方を最初に用いたのは、恐らくはバイオリンの物理学解析の重鎮ジョージ・ビッシンガー氏だと思われる。 私は3年ほど前にこの論文を見た時、その突飛な名前から、遂に物理学者の重鎮が自身のアプローチの限界に達し、神秘主義に陥ってしまったかと落胆し、論文を読まずに閉じてしまった。
しかしこのアプローチが、CTスキャンを得意とする研究グループへと 受け継がれ、CTデータから重心が求められるCADでクレモナの銘器を解析し始め、メディア(日本のNHKや業界紙)でも取り上げられると、訝しく思っていた私も無視できなくなってしまった。
CTスキャンチームの結果では、殆どのクレモナの銘器は、表板の重心は駒の位置に、裏板の重心は魂柱の位置に、そして楽器のボディーの容積の重心も魂柱の位置と一致したとの事である。特にアンドレア・アマティの合致率が非常に高いとのこと。
エネルギーが伝わってくる地点と、重心が近ければ近いほどエネルギーのロスが少なく作用する。クレモナの銘器は重心という考え方においても、理想的な作りであると結論づけている。


 早速、自分のチェロの重心を確かめてみた。すると・・・・

 勝手に重心が、それぞれの位置に来ていた。。。
偶然なのかと思ったがその後、幾つかの普段通りのコンセプトで製作した楽器の重心を確かめると、やはり必ずこの位置に来るのである。私は期せずして、重心を理想的な位置に来るように製作していたのだろうか。そんな才能が・・・・!
いや、残念ながらそんな虫の良い話ではないようだった。
重心を確かめた後に、色々と削ってみたが重心がほとんど動かなかった。
おそらく、この構造から大きく逸脱しない限り、重心が理想的な位置に来るのだ。

 どうやらバイオリンの基本構造が定まっていく過程で、偶然かそれとも誰かが意図したのか、
重心が理想的な位置に来るように設計されていたようである。まだ色々と 検証が必要だが、
やはり人類が長い年月をかけて築き上げた叡智とは、一つ新しい技術が出来たとて、そう容易く瓦解することはなく、どこまでも大きく屹立しているものだと感じている。



追記:まだ他の製作家と摺り合わせたわけではないので、もしかすると私の作り方が、たまたま重心と合致しているだけなのかもしれませんが。
そして、こうしてたまたま予期せぬ効果と合致し良い結果が生まれたものが、意識されることなく次の世代に受け継がれていき、後の技術で証明されるというのが楽器の歴史でもあるのです。





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